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書き綴ってみる(日記)

おはようおはよう!

長田ですぞ!!

 

今ねぇ、もう何度も言ってるような気もしますけど、うつ病かってくらいやる気が出ませんです。

しかもどうやら一ヶ月以上も続いてるようで、なんなのかなーって思ってます。

そこで考えたんですが、最近あんまり人と深く会話してないんですよね……。

家族ともあまり会話してないですし、仕事先もずっと一人作業が続いてます。

 

これはもしや、単にしゃべる相手がいないだけなのでは……??

 

無理にやる気を出そうとしているわけじゃないんですが、なにもしてないのもそれはそれで日々のストレスになっていくのです。

長田は元より行動型の人間ですから、動き回りたい。

それが一番気持ちが楽というか、動いている間は凝り固まった考えをしないで済むんですよね。

思考を中断して行動するターンに移行する、これが自分のやり方なんです。

なにもしてないって言うのは、いらんことを考えてしまうってことで、普通よりもっともっと疲れちゃうんですよ。

 

会話も本来スラスラ出来るんです。でも、これが脳みそを使った途端、ダメ。

キャスやってても激しく思います、喋れてないなーって。

でも脳を使わず喋るとね、喋る速度より喋りたいことをサルベージする速度が勝り、話がつきないの。

だからよく会話がとびとびになって何言ってるんだこいつってなってますw

 

なんか不穏な話を繰り広げましたが、今この日記を書いている最中も全然考えてないもんだからスラッスラ出来てる。

適当と言えばそうかもしれない、けれどこの文章を書く指がずっとオートで働いてる感覚が、いつもお絵描きとかするときの感覚にかなり近いのです。

 

昨日、自分が描いた今年の絵の中で特別へんてこな絵をまとめてツイッターに載せました。

普段なら何枚もあるんだけど今年は四枚しかなかったね。

PC表示にしてこのブログ開くと右側にツイッターのログ出てくると思うので、たまに見てくれたら嬉しい。

ツイッターやってるブロガーさんと繋がりたいのでアピールかましておきます。

 

ようは、真面目に絵を描こうとすると、お絵描きの行程って二つにわけなきゃならんのですよ。

 

・考える行程

・無心で描く行程

 

この二つですね。

 

描くときは頭を使ってはいけないのです。

いや、少し語弊がある言い方をあえてしました。

正しくは、「計算しなおしてはいけない」ですね。

脳の使い方に(これは長田の感覚的な話ですが)、記憶を探る、経験を持ち込むというサルベージ的なものと、方程式を組み立てる、創造するというこねくりまわす的なものがあると思います。

で、このサルベージの方なんですが、これは常になきゃいけない脳の働きだと思うのです。

ですが組み立ての方は全然違う働きで、物凄く疲れます。

後者で働いた結果は、サルベージできるストックに保存されると思います。

記憶ということは、側頭葉なんですねたぶん。

その話は長くなるし三回くらい書いたことあるから置いとこうね。

 

とにかく半分以上無意識での動作がサルベージ。

脳を使おうとか思ってなくても、イメージが頭に浮かぶ以上使ってることに違いはありません。

ところが方程式の方は記憶を読み込み、視覚的に判断し、思考を凝らして、組み合わせて、自分自身わからない答えを探し続けるってもんだと思うんですね。

これはですね、死ぬほど疲れるんですよ。疲れるし、上手くいかないとむしゃくしゃしちゃうんです。

 

で、絵を描くときの話に戻ります。

方程式の方の脳の動きはクオリティを高める上で物凄く大切なことなのですが、行動中にそれをするとマルチタスクになってしまうわけです。

人間が本来分けて考えなくてはならないことを同時に行うってこと。

それはなんなのかというと、もちろん手の動きや絵の観察です。

これらは結構な動作なんですね。だからそれだけでも相当頭を動かしてることになるんです。

なのに、そこに考えながら動けと指令を出すとなると、これはもう大変な負担。

キャパオーバーです。

 

だからわけなきゃならん考え方なんですね。

考えるターンは考えるターン、描くターンは描くターンで。

これは絵を完成させるということに限った話です。

練習中などはサルベージも方程式も一緒に発動してるかもしれません。

けれどよくよく見るとそれも本来「ターン制」だと思うのです。

描いて、考えて、描いて、考えて。

考えながら描くんじゃなく、描くときは描くことに集中してお絵描き。

 

計算を重ねることとはつまり、イメージの構築でして、これを怠るということは適当に描いてるってことになるんですが、適当にも理性はあるんですよね。

いくら適当って言ったって自分に染み付いた経験とか、無意識動作化した(マスタースキル的な)癖とかは出るじゃないですか。

案外、適当に描くことが見栄を張らない自分自身のナチュラルな感性であったりするわけです。

 

その感性は実は結構面白いので、適当に描く、つまり落書きは楽しいわけですよ。

見てる側としても、描く側としても、落書きは本当に楽しい。

素の自分がそこに出てるのですから、人柄も出るし、そもそも自分が自分で今何を思ってるのかなんて案外わかってないもんです。

それがわかってたら、それはもう適当じゃないんです。

 

かつてモンスターファームってゲームがあったの覚えてますか。

自分の持ってる音楽CDから、モンスターを呼び出せるんです。

好きなCDからどんなのが産まれてくるのかなって子供ながらにわくわくしたもので、家にあるCDみんな試した覚えがありますね。

そういう、何が出来上がるかわからないワクワク感は非常に尊い感性かなって思います。

ポケモンGOだって、どこに何がいるかわからないからみんな歩いてモンスターを探すじゃないですか。

有名なところとか公園とかにレアいのがいるかもしれない、そのワクワク感がきっと最初はあるんです。

ただ、大人になるとそういう冒険心って減るんですよね……。

モンスターファームやろうとしたらまず図鑑見てから欲しいモンスターをリストアップしちゃう気がするし、前情報があるってことはランダム性に対して対策をとることであり、それにはワクワク感はあんまりない。

自己欲求を満たすただそれだけで済んじゃう。

 

これってまさか「好奇心の欠如」ってやつなんじゃねぇかな……って。

 

落書きをすることは思ったことを描くというより手を動かして自然と生まれるものを楽しむってことなのではないでしょうかね。

長田は少なくとも、落書きにそういうイメージを抱いてます。

だから新キャラ描くときはいつも落書きだし、ワクワクする。

あれしよう、これしよう、って、持ち得る情報をサルベージし、当てはめていく。

描いたものに「あ、ここはこうしようかな」と新たな発想をくっつけていく。

出来上がったキメラみたいなもんが、スゴく愛らしくて好きです。

方程式を使うということは、この試してる最中にこれは可愛くない、可愛くするにはあれをしなくてはならない、客観的に見て美しくない、などなど、しんどい考え方……つまり凝り固まった考え方をしてるときに他なりません。

んなもん後で考えりゃいいってのに、今の長田にはそういう余裕が無かったんですね。

 

ただ、この日記もこの時点ではマジでキメラでして、あ、こういうこと喋りたかったのか自分は……って気持ちになってます。

だからね、人と話してるときって嬉しいと自分でも変なこと喋ってたりするではありませんか。

好きなように自然に話すと馬鹿みたいな会話になる。

でもそれ楽しいじゃない?

そういうの、ここ最近欠落してたんかなって、今、なんか分かってきましたよ。。。

絵もそうなんだろうな。良いもの描こうとして、描ける気がしないからしんどくて手をつけてないんだろうな、今は。

ブーメランですが、かつてこのブログでも自分で書いたことあるんですよ。

 

「絵を描いて楽しむんじゃなく、楽しい時に絵を描くんだ」って。

 

あの考え方は今でも間違ってないと思います。

テンションが下がってるときに好奇心なんて起きないし、絵描きにとってのお絵描きって感情表現なんで。

ほら、嬉しいと鼻唄歌う人や、スキップする人(ほんとにいるのかな?)とか、踊っちゃう人とかいるでしょ?

絵描きはそれが絵なんです。嬉しいとつい描いちゃう。

 

「よーし、気分がいいから肝臓がやられてそうな爺描くぞ!」

 

って気持ちになるじゃないですか(?)

ようはそういうことなんですよね。

 

もちろん、今書いてて気分よくなってきてこうして考え方の日記に変わってるのもそうなんだけど。

とにかくまず楽しくないと駄目なんだよね。

楽しいとなんでも出来るんですよ!!

テンション上がってきた。そうそうこんな感じだ。こんな感じでなんかすればいいんだった。

やっと答えに辿り着きました……!!

長田は仮説オタクだからなぁ~!!

 

正直読み返すのが超嫌な記事になってますけど後悔は投稿してからにしようと思いますw

 

本日はここまで!!