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【視点・論点】お絵描きと上達の哲学

おはようございます、長田です。

真面目な話をしようと思って少し堅めで入ります。

 

4:20より、NHK視点・論点という番組が10分ほど放送していて、長田はそれが好きです。

今日は「アスリートのメンタルコントロール」というタイトルで始まりました。

体育会系の内容なのかと思いきや、凄く理論的で為になるお話。

語り口調も誰が聞いても聞きやすく丁寧、かつ深い専門知識を持った説得力のある方でした。

素直にとても尊敬しました。

いずれ長田もあれくらいしっかりしたいものです。

 

 

本日はその【視点・論点】の真似で、昨日の哲学の話をすることにしました。

真面目なお話が苦手な人はここまでで回れ右してください。

以前堅い話をする専門のブログを作ってお話していたら呼んでもいないのに真面目な話が苦手な方が追って読者になり、気分を害してしまったことがあるので念のため断りを入れておきます。

 



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【上達と哲学】

絵を覚えるということは、「勉強」の一つです。

記憶することと同時に思考しなくてはなりません。

英語のように単語を覚え、法則に沿って組み合わせ、ネイティブに通じるような文を組み立てなくてはなりません。

同時にメンタルやモチベーションを維持する為にアスリートと同じような集中状態や体調管理を必要とする「競技」でもあります。

英語や数学などの限られた分野で記憶や応用を繰り返し脳を動かす分野と言うよりは、結果が体調や気分、やる気によって左右されるランダム性の強い分野であることからスポーツよりの考え方が当てはまります。

つまり、人間である以上抱く欲や、気分の浮き沈みと戦い続けねばいけないジャンルと言えるでしょう。

イラストをマラソンに例える方もおります。

 

イラストを描く上で陥りがちな失敗は、「最善のトレーニングはなにか」と探ることです。

残念ながら人は全く平等とは言えません。

それは、幼年期から既に現れる現実です。

出生の違い、環境の違い、教師の違い、学校の違い、地域の違いから、時代の違いまで様々なところで恵まれている人もいれば不幸な人もいるのです。

ですから、適したトレーニングというものは人によって違い、最善というものが一切ないのがイラストという部門です。

そもそも学生時代に学力があるということは、思考能力がある、精神的な強さがある、記憶力がある、勤勉さがある、といったことの総合的なものです。

絵においても同じように秀でた部分がないと、描けるようにはなりません。

具体的に言えば、「勉強ができる方」でなくては絵は学ぶことができません。

それはアスリートの世界でも同じことが言えるでしょう。

 

イラストの場合、スタートラインが非常に簡単なところである為に、日常あまり自信がなくメンタル面でも弱い方が「これなら」と思い、重い気持ちをもって始める場合が多いように感じます。

しかしながら、絵を描くこととイラストの上達をすることとでは遥かにジャンルが違います。

厳しいトレーニングを行うために自身をコントロールするための知識は今までの基本的な教養で行われてきたことから得るべき能力です。

すなわち、基本課程においての勉強意欲が今までで培われなかった人には明らかに敷居が高い分野なのです。

 

そういった心構えの身に付かなかった方がまずすべきことは勉強そのものができるようになることですが、学び直す事は決して恥ずかしいことではありません。

特に日本という国ではそのような素養を受けてこれない環境におかれる子が大半であり、理由は様々です。

「大人になってから初めて勉強の大切さを知った」という方はいくらでもいますし、そこに才能の有無などはありません。

ですから、まず始めに行うことは日常的な勉強なのです。

 

「絵が上手くなるためにはどうしたらいいか」という質問は最も多い問いではないでしょうか。

僕自身よく聞かれますが、まず第一に思うことは「矛盾」です。

人は「自分が絶対に出来ないであろう事」に対してのみ憧れを抱きます。

そして、不可能を前にして「もしかしたら出来るかもしれない」と期待し、できなければ「才能がない」と落ち込み始めます。

「憧れを抱く時点で不可能である」という事を理解せねばなりません。

というのも、絵における才能とは「常に客観的なもの」であるためです。

それを自覚することはできません。

自身の絵を「下手だ」と公言することもまた客観的な意見でのみ通ります。

結局は、「上手いか下手か」は自分の意思ではありえませんし、曖昧で根拠のない話は悪魔の証明に近い問答になります。

 

学力は数値で計られ、運動能力は勝敗でわけられます。

しかし絵は教えてくれるものがありませんから自己評価をしてしまいがちです。

評価とはそもそも他人がすべきものであり、自分で行うことではありません。

自分の評価がいかに上下しようが、どこかに発表したりしない限り絵に影響はありません。

そこが自立したアスリート達と似ているところです。

結局は勝ち負けより自己ベストを尽くすことが重要であり、自己ベストを出すということは勝ち負けを考えるよりも精神的に難しいことです。

忍耐力が必要でしょう。

 

イラストを描くという行為自体、思考のトレーニングに直結します。

僕はその事を他人に広めていますが、それは決して「絵が上手くなるため」ではありません。

絵を通じて自分の価値観や学力向上の成果が得られる、失いつつある勉強能力を育む、脳を成長させるという効果があり、自分の強みにもつながる事を広めているのです。

上手くいかないときの工夫や着眼点などを絵描きの視点から柔軟に、全くイラストを描いたことがないという人のための手解きです。

実際に絵に表せるということは抽象的な想像をより具体的に伝えられる手段がある、ということであり、ビジネスシーンから日常のあらゆる場面で、特に子供への教育等に大きく役立ちます。

 

勉強をして絵を描けるようになる、のではなく、絵を通じて勉強をする、というイメージをもって取り組むことを伝えたいと考えています。

イラストは作品としての面だけではなく、その過程が成長に関係するのだということを感じ取ってみてください。

 

 

絵に対し努力をしようとする姿勢そのものが勉強なのです。

 

本日はここまで。