創作企画PFCS記事まとめ&イラストレーションアドバイス

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「原稿」

  黒いテープで全身を縛られ、もみあげの濃いこめかみに拳銃を突きつけられた男の近くで大きな爆発音が響く。焼け焦げたガソリンの匂いが届き、やがてそれは拳銃の主が新調したばかりである黒塗りのハイエースを予感させた。廃工場の入り口付近、万が一にでも火の手が上がった時燃え上がるのは彼の車しかない。シワひとつないブランド物の黒いスーツを着こなす、ガタイのいい数人のサングラスの男たちが、服の内側から銀ピカの拳銃をおもむろに出しつつ入り口へと向かう。だが、犯人は音も立てず「真上から」降りてきた。手に持つキャンプナイフで人質のテープを鮮やかに斬り裂き、目にも止まらぬ速さでソレを拳銃の主の首元へ突きつけて腕を引きながら背後に回る。サングラス達は男の方に振り向くも、人質が「入れ替わった」事で困惑する。やがて、テープを解きながら立ち上がるもみあげの男。拳銃の男の胸ポケットから一本煙草を抜き、キスマークの着いたマッチ箱から火を借りた。予想外にも爽やかな香りのするそのタバコは、ニコチンの薄いメンソールだった。もみあげの男は舌を打つ。

「やっぱりピエロか、お前は」

  ナイフの男は吹き出すのを我慢しようと努力したが耐えきれず、反動でいつも以上に声をあげて笑い出した。


*


「なんてハードボイルドな……」

  廃工場から逃げる男二人。やがてナイフの男が撃たれてしまい、夕陽をバックに泣き叫ぶもみあげの主人公の加齢臭が漂いそうな「クライマックス」を読みながら、私は誰にでもなく呟いた。お昼手前のガラガラに空いた喫茶店のカウンター席でツッコミを入れるように、アイスティーの氷が「カラン」と音を立てて崩れる。グラスに跳ね返る音の反響は、なるほどこの店のオーナーが月末に愚痴を零すのも無理はない。
  事はゴールデンウィークの暇人をアピールして回った大学の校門前から始まった。相棒のツン子……失礼、これはアダ名のようなもので、「日陰美人」と名高いウチの高嶺の花の事である……が、私を裏切り休み丸々北海道へ旅行に行くと言うので、おやつをたかりつつゴロゴロする場所を失ってしまった私は空腹の時の猫とばかりに新しい餌場を求めて、文字通り猫をかぶっているところに「漫画研究サークル」なる古臭い集団が嗅ぎつけてきた。
  ミイラとりがミイラに、実を言うとそのサークルの編集長たる気難しそうな「お高めの眼鏡女史」に勢いでお金を借りてしまったことがあり、人の家に連休まるまる転がり込むほど深刻なお財布事情の悪い私は見事に弱味を握られていた。

「西子さん、ゴールデンウィークはお暇?一つ頼まれて欲しいのですけど、よくて?」

  嫌味ったらしく二、三枚のお札をペシペシと手元で弄りながら、本人は気づいているのか知らないが、百年の恋も冷めるくらい口角を釣り上げたいやらしい顔を作る編集長……だが、そのお札に描かれた柄にはもはや抗いようもない、さるおじ様の肖像画が見えてしまった。内容は断片的にしか聞いていないが、その「釣り餌」に私は二つ返事で食いついてしまったのだ。
  それが、一昨日の失態である。

「夏コミに出す予定の会誌に空きが一人…。個人でも出す本の締め切りを守りつつ丁度一話分を今から描くんは厳しいゆーて、唯一絵が描けそうで暇なウチを弱みと金で釣るなんて、人のやることじゃないわ……」

  無論、悪いのは軽率にお金を借りてしまった自分なのだが。会話したことは一度もないが、常連の一人として軽く意思疎通のできる喫茶店の店長と二人してため息をつく。だが一話丸々描くにしても、一から設定を考えるのは無理があるので持ち前の手癖の悪さに心の中で謝りつつツン子の書いた短編小説を一つ拝借してきたのだが、予想以上にビターな内容に、コーヒーを全く頼まない私が名前の響きの良さにつられてこの喫茶店で初めてエスプレッソを頼んだ日のことを思い出した。
  絵描きとしての私と漫研サークルの相違点は、その目的の違いだろう。私はアニメやゲームなどにさほど興味はないし、まして声優にどっぷり浸かる気持ちもよく分からない。目の前にあるビターなノベルを見てもそうだがアニメ批判というよりこれは「趣味の違い」と割り切っている為だ。編集長のようにその他大勢と趣味の共有をするタイプではない為、群れる事はないだけのこと。なので、漫画を描くときも一風変わったものとなり、読者の為の気遣いもできないので同人誌はあまり描いたことはない。描けないことはないのだが。
  それと、実はツン子の小説は嫌いではない。無論それはペンネームを使って週刊誌に応募し、プロの作家陣に賞賛された「作家の卵」としてのツン子だ。隠し持つ短編は恐らくただのフェチズムを解放した自由なものなのだろう。持ち出すのは容易だが返すときが心配になってくる。もしも知れたら……ツン子の事だから寝込むだろうな。
  カウンターに広げた百円均一のノートを開き、丸と十字であたりをつけたマネキンの絵を基準に主人公のもみあげ男をデザインする。そのデザインが、どこまで考えても「アル・パチーノ」から離れられない。なる程、強制的に連想させるという意味で考えれば、この短編のストーリーにおけるキャラ設定は割と高度であるのだろう。ここは素直に従っておくとしようか。そんな調子で「会誌用原稿」は割と順調に進んでいく。


*


  オレンジ色の日光の彩度が照明のイエローを上回る頃、一通りのネームが完成した。ハードボイルドでビターなノベルを忠実に再現してなお若者向けのキャラクターデザインを保つ、我ながら会心の出来だ。何杯目なのか分からないアイスティーの氷が、終了の合図とばかりに「カラン」と音を立てて崩れる。そのネームから放たれるオーラは、私のテンションをサンセット同様に燃え上がらせた。文句はあるまい。いっそこのまま出版社に持ち込んでやろうかとも思うほど自信があった。ネームをもう一度始めから読み返す私の口元には、爪楊枝が加えられている。夕陽をバックに腕を伸ばし、目を細めて見つめるその心情、私はまさに「トニー・モンタナ」を演じていた。
  最後のページをめくり、一拍おく。目を少し閉じて立ち上がると同時に、私は声を張り上げた

「「これは売れる!!」」

  二重に響く声の先、視線の左ハジに目をやると、ガッツポーズをとった店長と目があった。その手元には宇宙的デザインの……多分、夏の新メニューらしきものが存在した。私は、何も言わずガッツポーズをとると、同じタイミングで店主がニヤリと微笑んだ。



ゴールデンウイーク明け、完成した原稿は静かにシュレッダーに吸い込まれていったのは言うまでもない。